災害

土地改良事業で瑞穂東の辺りは美田化された。
瑞穂字枠池の西にあるやや低い堤防は伊勢湾台風の頃には既に存在していた。堤防沿いは昔から現在に至るまで宅地になっているが、伊勢湾台風までは堤防の川側にも土盛りをして家を建てていた。
2010年現在の堤防は明治の河川
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瑞穂の西と東は、2010年現在は258号線で分かれているが、昔は大池で分かれていた。今は大池は存在しない。年中行事は東西が一緒に行うものも、別々のものもある。
西瑞穂は昔は14戸だったが、今は30数軒になった。
新しく来た住民には、強制ではないが消防に入っ
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直江に2反(約1,983 ㎡)ほどの縄の内という地名があり、島田地区の飛地である。
江戸時代には直江の人々が水がつくのを避けて南から北に移り始めていた。杉野家では元々土地が高く整備されていたため移住はせず、南直江には地主4軒のみが残った。村はもとは全部南直江
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牧田川を改修する前は、毎年水害にあっていた。金屋・直江対飯積で水をめぐって争いがあった。飯積は土地が低く、飯積の水を直江より先に落とす為に定杭を立てたのではないか。
古代は津屋川に牧田川が流れていた。牧田川は伏流水の為、年の半分は水が流れていなかった。
飯
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高田に愛宕神社がある。宝暦10年(1760)前後に高田祭りが始まっているが、その何年か前に京都の愛宕山から神様を勧請して祀ったのが愛宕神社の始まりである。火の神様を祀ったにも関わらず、その後寛政6年 (1794) の大火により高田町周辺はほとんど焼失した。
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