養老町全域

八幡神社(船附)は、寛文5年(1665)に創建された。祭神は応神天皇(おうじんてんのう)、比咩神(ひめかみ)、神功皇后(じんぐうこうごう)である。
八幡神社では、10月の第一日曜日に例祭を行う。昔は祭には輪ノ内から訪れる人もあり、露店も出て大変賑わった。八幡
[...]

栗笠の有力者、佐藤家がいつまで続いていたのかは分からない。また、当時の遺構などは残っていない。福地神社には佐藤家が寄進したものは残されていない。
須賀神社から市神神社までの道を「町通り」と呼んでいるが、文化3年(1806)の村絵図には「町屋通り」と書かれてい
[...]

赤松則村(あかまつ のりむら)氏は上之郷の庄屋であった。
上之郷の三昧に赤松則村氏の墓があり、不動明王が中心に据えられている。上座に天台宗の時の墓石、下座に真宗になってからの墓石が立っている。

船附では寛文4年(1664)頃に安田弥兵衛(やすだ やへえ)が船問屋として栄えた。
大垣市、船町の安田絹氏の実家は、濃尾震災にも耐えた。
絹氏が嫁入りした時、昭和30年代は、嫁入り姿のまま船附の尊光寺、法覚寺の2箇寺へお詣りに行った。
絹氏は大垣の八幡神
[...]

中世より前は、桑名から揖斐川を通り、潮の上がりに乗って下笠の市場千軒(田村の東側)まで木材などを運んできていた。やがて徐々に川底が浅くなり、江戸末期には舟運が不可能になった。
昭和初期、大垣市の船町から船で潮干狩りに行くのがとても楽しみだった。船附湊のあたり
[...]