養老焼
養老焼の最も古いものは幕末に遡る。養老焼の祖は大橋秋二(おおはし しゅうじ)氏という人物で、自身の還暦祝いとして野菊の紋と養老焼の印が入った茶碗を60個焼いたとのことである。 また、明治35年頃に養老郡牧田村(現上石津町牧田地内)の大工が名古屋に出稼ぎに行き [...]
タギゾウくんの養老ノート・・・養老町で見聞きした様々な情報を、テキスト・画像・位置を基に掲載しています。
養老町全域
養老焼の最も古いものは幕末に遡る。養老焼の祖は大橋秋二(おおはし しゅうじ)氏という人物で、自身の還暦祝いとして野菊の紋と養老焼の印が入った茶碗を60個焼いたとのことである。 また、明治35年頃に養老郡牧田村(現上石津町牧田地内)の大工が名古屋に出稼ぎに行き [...]
養老町養老の勢至には 養老山麓の中でも最大級の一つに数えられるイチョウがある。 根元には牛糞の肥料が敷かれ、大切に守られており毎年沢山の銀杏をつける。
久々美雄彦(くくみおひこ)神社は、現在は祭神を三柱祀るが、元々は四柱だった。何神様だったかは忘れたが、一柱は大垣市上石津町乙坂の神社に譲った。総代は年に数回の当番仕事がある位で特に権威がある訳ではない。 久々美雄彦神社の祭りでは、昭和7,8年頃は親戚をよんで [...]
沢田の日比家には5000点に及ぶ古文書が残っており、日比達男氏が名古屋大学に寄贈した。その整理・研究の結果の一部は2006年度に名古屋大学付属図書館が行った秋季特別展「江戸時代の村と地域 -美濃養老・日比家文書にみる暮らしと災害- 」にて発表された。図録もPD [...]