養老町全域

玉泉寺には古い地蔵や落武者の墓がある。前住職は揖斐川町の谷汲山華厳寺で管長をしていた。玉泉寺は寛政6年(1465)創建の西徳寺より100年程前に開基されている。関ヶ原合戦の東軍についた徳永寿昌(とくなが よしまさ)・市橋長勝(いちはし ながかつ)・横井時泰(よ
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金屋の区長が金屋の春日神社の氏子総代を務めることになっており、任期は2年である。総代が1名、会計が1名で祭事を執り行っている。現在は村の神社として祭祀をしているが、以前は、金屋の春日神社は西金屋だけで祭祀を行っていた。
金屋の春日神社の由緒については、はっき
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若宮では、昭和の中頃までは大竹の節を抜いてパイプを作り、若宮の八幡神社の辺りから水を引いていた。水が涸れたことは一度も無い。同じ水路を周囲の4~5軒が利用していた。また、八幡神社の近くの大きな池を溜池にして、防火用水として使っていた。昔は子供がそこで泳いでいた
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北小倉では、女門徒は五日市の林覚寺、男門徒は鷲巣の専明寺と、分かれている。女性が亡くなったら女門徒の寺で葬式を行う。
北小倉ではお寺関係の行事はほとんどなく、地元のお寺とのつながりは薄い。
小倉の人では地主はいなかった。

一色で火葬がはじまったのは終戦後、養老町の斎場ができてからである。それまでは胴藁で友焼きをしていた。一色の辺りの土には岩が混じりあまり棺が大きいと棺を埋める穴を掘るのが大変だった。穴の深さは50~60cmと、できるだけ浅くしていた。
一色村の庄屋はずっと襲名
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