地域

広幡は各地区に昔から大地主がいた。大跡の戸倉氏、口ヶ島の田中氏とその分家、西岩道の西脇氏などである。岩道の久保田家は中間地主であり、流れは田中耕馬氏からきていて、田中家の田んぼを預っていたこともあった。しかし、農地改革によって、大地主は大打撃を受けた。久保田家
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昭和10年代後半に上多度地区横屋のA氏が乳牛を飼っており、乳搾りをしていた。牛舎があり、乳牛5、6頭で、1日30~40本程作っていたのではないだろうかと思う。牧場はなく、放牧は堤防の原っぱへ行ったのではないだろうか。
A氏は広幡の辺りまで、自転車で牛乳を売り
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大野は養蚕を行っていたが、和田では行われていなかった。大野は、牧田川の河川敷で桑を作っていた。
和田の辺りでも、桑畑はたくさんあり、桑畑で現金収入を得る人が多かった。竹籠に桑の葉を摘んだ。
昭和10年代は、桑畑に入って桑の実を摘んで遊んでいた。食べると口の
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昭和20(1945)年12月に福井大地震が起こった時、A氏はちょうど学校から帰る所だった。立っていられなくて、皆堤防の中腹に倒れ込んでしまった。岩道の家に帰ると、下駄箱がひっくりかえり、色々な物が折れていた。折れた柱を戻して、ブリキで挟んで直した。地震の被害は
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今尾には名古屋の田代小学校(名古屋市千種区)から疎開児童が来ていて、笠郷小学校で一緒に勉強していた。縁故疎開ができない者は、行政機関が学校ごとでまとめて疎開させたからである。依頼を受けた今尾町は、宿舎を平田町須賀の浄円寺に頼んだ。女性の教師が引率していた。