災害

服部担風(はっとり たんぷう)先生は、生年慶応3(1867)年、没年昭和39(1964)年である。幼名を粂之丞(くめのじょう)といった。
冨長蝶如(とみなが ちょうにょ)氏の師であり、当時の日本における漢学の第一人者であった。愛知県弥富村で私塾を開き、漢学を
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石畑と周辺の村では土地や水利権の問題がよく起こった。柏尾から石畑へ水を引く際も揉めていた。
「石畑豊年米とらず」という言葉が伝わっており、これは石畑が豊作の年は他の村は水が付いて不作になり、逆に他の村が豊作の年は、石畑は水不足で不作になるということを表してい
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高田では昔大火事があった。古い木造家屋が残っていないのも、火事が大きな原因であると思う。
また、水害もあった。昔から住んでいる人は、徐々に高低差の高い西へと移住してきている。見た目には大して変わりがないようだが、大水が出た時、玉泉堂の辺りまで水がついたが、高
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昭和20(1945)年12月に福井大地震が起こった時、A氏はちょうど学校から帰る所だった。立っていられなくて、皆堤防の中腹に倒れ込んでしまった。岩道の家に帰ると、下駄箱がひっくりかえり、色々な物が折れていた。折れた柱を戻して、ブリキで挟んで直した。地震の被害は
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岩道は、1軒に1つ井戸がある。養老町内は場所によって一時期、排水の問題で井戸を掘るのに制限があったが、岩道で制限がかかったことはなかった。
2012年現在もお宮さん(早扉神社)に掘りかけている井戸がある。
上水道ができてからは、昔のように全戸に井戸があるわ
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