災害

祖父江の八幡神社の境内には樹齢500年程の松の大木が4~5本あったが、昭和34年(1959)伊勢湾台風や落雷で倒れてしまった。鎮守の森の復活を目指して木を植える活動に取り組んでいる。
「美濃国諸旧記 濃陽諸士伝」(大正4年発行、大衆書房)p.343によれば、
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牧田川の改修後は小畑川の水位が下がったため、飯積・江月・祖父江地区の農業従事者が用水確保のため、建設省に要請して飯積字小物成(こものなり)に小畑ダムを作った。小畑ダムで水位を80cm上げると、祖父江字小物成地区の田が水没したり、小畑川自体の水位が最大2m上がる
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祖父江の庄屋川瀬彦兵衛は牧田川沿いに堤防を作り、自分の土地と百姓を守るため祖父江の飛地として現大垣養老高校辺りの字向野を確保することに執着した。各輪中の庄屋も同様にここの土地を重視し、取り合いになった。
笠松代官所の文書によると川瀬彦兵衛は幕末の頃に堤防取締
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小畑地区全体では昭和37、8年(1962,1963)頃、土地改良に合わせて各地区に新しく排水機能を充分に持った排水機が設置された。色目川排水機、江月排水機、祖父江排水機等である。

室原から大坪へ排水の迷惑料が入ってきていた。
日吉地区字豊の養老町水道の水源地に河間があり、その水が色目川に流入するため大坪は用水の確保には苦労しなかった。
蛇持の用水と大坪の排水の圦(いり)は同じ所にある。また、他にも圦は数箇所にあった。
大坪若宮神社
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