タギゾウくんの養老ノート・・・養老町で見聞きした様々な情報を、テキスト・画像・位置を基に掲載しています。

笠郷 | タギゾウくんの養老ノート | Page 3
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笠郷

三ツ屋の生活

三ツ屋青少年集会所

養老町下笠の三ツ屋は街道沿いにある。京都の東本願寺の一如上人が名古屋別院を建てられるために名古屋に向かわれた際、三ツ屋を通りかかる頃に御病気にかかられたため村で介抱申し上げた。その時お世話をしたのが浄誓寺(下笠763)の門徒19戸の村人である。後に浄誓寺を通じ [...]

三ツ屋の辺りの濃尾大震災被害

八幡神社(三ツ屋) 鳥居

明治20年(1887)の濃尾大震災で三ツ屋の辺りの家はほとんど全滅した。唯一、1軒だけ倒れなかったといわれていたのがミツクニ(漢字不明)さんである。建て替えで家を壊すとき、この家は濃尾震災でも倒れずに残ったという話を聞いた。何故この辺りでその1軒だけが倒れなか [...]

昭和初期の三ツ屋の遊び

八幡神社(三ツ屋) 全景とイチョウの古木

A氏が小さい頃の昭和10年代はよくお宮さん(三ツ屋の八幡神社)の境内で遊んでいた。今よりもっと木が茂っていたので木登りをしていた。水遊びはお宮さん近くの旧十三ヶ村排水路で泳いだ。水はきれいで冷たかった。 倒れた木を真珠湾にみたてて遊ぶ軍艦取りという遊びがあっ [...]

八幡神社(三ツ屋)

八幡神社(三ツ屋) 全景

養老町下笠の三ツ屋に八幡神社がある。本殿に正徳5年(1715)の棟札があると聞いた。内容は確認していない。 八幡神社の旧拝殿は嘉永6年(1853)に建てられた。 八幡神社の拝殿の前に灯篭が一対ある。向かって右側の灯篭には享保9年(1724)、左側の灯篭には [...]

押越の生業

押越の風景(新道町)

押越の生業は、ほとんどが農業であった。押越の北側にある新道町はサラリーマンが多かった。新道町は「町内(まちうち)」と呼んでいた。 養蚕は昭和30年(1955)位まで、長いこと行っていた。トラックに積んで、繭を恵那まで持って行った。石畑や明徳は桑畑ばかりであっ [...]