養老町下笠の三ツ屋に八幡神社がある。本殿に正徳5年(1715)の棟札があると聞いた。内容は確認していない。
八幡神社の旧拝殿は嘉永6年(1853)に建てられた。
八幡神社の拝殿の前に灯篭が一対ある。向かって右側の灯篭には享保9年(1724)、左側の灯篭には明和5年(1768)と書かれている。洪水や地震など何かあって40年くらい差ができたのではないか。最初は両方揃っていたが片方が倒れたり水で流されたりして新しく片方だけ作り直したのであろう。石の材質も左右で異なる。
八幡神社は以前は下笠輪中堤防上に建っていたが、終戦後の土地改良で堤防の土を池の埋め立てに使う為三ツ屋から懐の北部、大場の八幡神社あたりまでの堤防が取り壊された。それに伴って三ツ屋の八幡神社も昭和27(1952)頃に下に降ろされて平坦にした地面上に祀られた。境内の面積は堤防上に祀られていた時の倍くらいになった。A氏は子供の頃堤防上に建っていた神社の所に登っていって拝殿で遊んだ記憶がある。
お祭りのでんがらがしはどこでも同じ様な踊りだが、三ツ屋の八幡神社には大神楽(おおかぐら)があった。伊勢神楽の流れを引いていたかもしれない。
神社で行われた獅子舞用の頭が2体あったが、昭和34年の伊勢湾台風で流されてしまった。獅子舞はA氏のご祖父の頃、明治の終わり頃までは毎年7月の土曜日に行っていたが昭和の始めには既に行われていなかったらしい。
毎年境内で1月に粥占いを行う。昔は灯篭の頭(宝珠部分)を釜の蓋の重石にしてお粥を焚いたこともあったようだ。
表示位置は八幡神社(三ツ屋)を示している。