養老町全域

江月伏越樋管(えつきふせこしひかん)は小畑川の川敷きから牧田川の川底を通って烏江に水を落とす仕組みになっており、厚さ10cm~12cmの松の板を木枠に使ってトンネルにした。現在でも牧田川の下には工事の名残として伏越樋の木枠が残っている。堤防等水位の高低差のある
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楽邦寺の現住職(平成22年)は昭和52年(1977)に兵庫県から祖父江に移住した。祖父江の公民館が出来る前までは年中行事の寄り合いの場として楽邦寺本堂が使われていた。子供会の行事や人形劇(腹話術)には世代間のつながりを意識して、積極的に関わるようにしている。誕
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色目川の水利権は大坪より上流も大坪が全て所有していた。室原は山田用水を利用していた。江戸時代以降、色目川の圦(いり)の入り口、大坪地区字田中に水車小屋があり、村人はそこで米を搗(つ)いていた。
大坪の色目川の堤防の桜は、大橋武夫氏の父(治一(じいち)氏)が植
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室原から大坪へ排水の迷惑料が入ってきていた。
日吉地区字豊の養老町水道の水源地に河間があり、その水が色目川に流入するため大坪は用水の確保には苦労しなかった。
蛇持の用水と大坪の排水の圦(いり)は同じ所にある。また、他にも圦は数箇所にあった。
大坪若宮神社
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北蛇持の了覚寺は長録元年(1457年)に建立された。初代の住職は専光坊という名で、蓮如上人のお供をして歩いていた。開基から浄土真宗のお寺として開かれ、山号は天保年間(1830‐1843)になってから付けられた。慶応年間(1865~1868)に本堂を再建した。
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