経済

大野は笠郷の中でも貧しい部落だった。昔から学問に力を入れていなかったので部落の大きさの割りに偉人が出ていない。
養老線(大垣桑名線、現在の国道258号線のこと)沿いに住む人は皆子供を中学に行かせていた。
団地も建ち、大野の人口が増えて戸数が倍になった。地域
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下笠は比較的豊かだったので文人が多い。
戦前は教員の給与がよかったが、戦後は給与も下がり、農地改革で土地も失ってしまった。
下笠では浄誓寺を東お寺、浄雲寺を西お寺と呼んでいる。構(かまえ)からも人が移動して来ていると思う。
西では殆どの名字が西脇姓である
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元々は養老町北野区にあった集落が、堤防ができるとともに栗笠に移ってきた。福地神社も字仲田にあったが、現在地、栗笠区字村内地内に遷座した。
栗笠に渡し場があった。
栗笠保育園で花まつりを行なっていた。
「多芸輪中の暮らしと水害」によれば、栗笠で昭和34年の
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口ヶ島(くちがしま)の元庄屋は、田中耕馬(たなか こうま)氏である。戦後行われた農地改革まではかなりの力を持っていた大地主であった。2012年現在から4代前の口ヶ島の村長である。
田中耕馬氏は現在の広幡公民館周辺の土地に広い庭園と複数の蔵がある大きな屋敷を所
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飯ノ木には商家が多かった。岩道には教員や大工が多かった。
2006年に南岩道出身のスノーボード選手、中島志保選手がトリノ五輪スノーボード日本代表として9位となった。公民館をベースに取材等に対応していた。
町民運動会では、唯一の部落対抗競技として綱引きを行う
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