篠塚神社の氏子総代は持ち回りで務める。ただし不適格と周囲に判断され解任されたこともかつてはあった。
篠塚神社の補修、修復のための積み立ては各戸1000円ずつ集める。祭礼等では経費が足りないので神社財産からの持ち出しになる。
篠塚神社の当番になると年12回程は3~5時間ずつ拘束されるので、働いている人には難しい。過去の篠塚神社の運営に関連する文書などがダンボール箱に詰められてまだ未整理の状態になっている。宝蔵庫の中にもタンス等の引き出しに文書が入れたまま、整理できていない。住民からもアンケート等で篠塚神社の歴史を知りたいという声が上がっているので、何かのイベントで文書を展示することを考えている。平成22年は篠塚神社創立千年にあたり、千年の歴史を意識してもらうことが大事だと考えている。神社ではバザー、カラオケ、輪投げ大会など人を集める工夫をしているが、それに比べるとお寺の方は人が集まる機会が少なく、寂しい感じがする。橋爪の神事は本祭、小祭合わせて12の祭がある。大祭はもとは10月5日に行われていたが、直近の日曜に変更された。小祭は日にちの変更はしない。
橋爪の若宮八幡神社は個人社だが篠塚神社との付き合いもしている。管理をしている加藤家は、織田信長と家系が関連しているのではないかという話があった。
村上喜代志先生の記した冊子から、2010年が篠塚神社の千年の節目であることがわかった。
2010年に行われた篠塚神社千年祭のスケジュールは以下の通りである。
9:00~11:00 宝蔵庫展、13:00~15:00 子ども神輿お練り、16:00~ 神事(10分ほど)、17:00~17:30 象鼻山太鼓演奏、でんがらかし(太鼓)の実演。その他にビンゴ・カラオケ演芸大会(町民会議推進委員)、屋台バザー(体育振興会)、輪投げ大会(くすのき会)などを催した。
昔は露店がたくさん並んだが、現在は集まらなくなったため、代わりに地域の各種団体によって様々な催しが企画された。
子ども神輿は1989年より開始された。
2010年現在、提灯は神社境内に飾られるだけであるが、昔は念長寺まで提灯を飾り、屋形提灯(軒の下に9張の提灯を横に並べるもの)も中・東・北・南・西・神社と6カ所に飾られた。
「でんがらかし」の呼称はさまざまで、「どんがらがし」「でんがらがし」など橋爪でも様々な読み方をされていた。
昔から続けられている伝統として、子どもから大人までの掛け行灯の作品が境内中に飾られる。
正月の武佐祭りは、非常に盛大な祭りであった。しかし、振る舞いの経費は当番持ちのため、経済的な負担が大きかったこと、日露戦争時に祭りを続けるのが困難だったことから、神託を求めたところ簡単で良いとのお告げが下りたため、それ以降は神事が行われるのみとなった。
篠塚神社境内の御鍬神社前に置かれている灯籠が古いと聞いている。

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表示位置は橋爪の篠塚神社を示している。