タギゾウくんの養老ノート・・・養老町で見聞きした様々な情報を、テキスト・画像・位置を基に掲載しています。

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先人

服部承風

服部承風(はっとり しょうふう)氏は、漢学の第一人者・服部担風(はっとり たんぷう)氏の孫で、本名を服部靖という。全日本漢詩連盟副会長、朝日カルチャーセンター講師を務められた。 承風氏は中学生の頃に、日曜日に冨長蝶如(ちょうにょ)氏の講義を聞きに来ていた。漢 [...]

服部担風

服部担風(はっとり たんぷう)先生は、生年慶応3(1867)年、没年昭和39(1964)年である。幼名を粂之丞(くめのじょう)といった。 冨長蝶如(とみなが ちょうにょ)氏の師であり、当時の日本における漢学の第一人者であった。愛知県弥富村で私塾を開き、漢学を [...]

冨長静丸

養老町室原出身の冨長静丸(とみなが しずまる)氏は、覚民(かくみん)氏の長男である。本名を覚静(かくせい)といった。静丸は号である。子に冨長蝶如(ちょうにょ)氏、孫に冨長覚梁(かくりょう)氏をもつ。漢学の勉強の為、明治22年頃に大分県日田(ひた)へ行き、咸宜園 [...]

高田町史

大正12年(1923)7月、田中義一氏を代表とする当時の高田青年団が『高田町史』という、高田出身の人物の歴史を書いた本を作った。 田中義一氏は精力的に色々な有志の会を開いていた。その位、高田にゆとりがあったのであろう。昭和の始めの頃にはもうそういった有志の会 [...]

高田の忠魂碑、燈明、岡本喜十郎の碑

今の高田中学校の南に、忠魂碑と燈明が建っている。これらは、元々は現ミズノテクニクス㈱の敷地内にあった。敷地内には現在も碑が建っていた頃の、こんもりとした跡がみられる。また、昭和21年(1946)頃はこの地に岡本喜十郎の碑も建っていた。 昭和18年(1943) [...]