災害
高田の地名の由来ははっきりとしない。奈良時代には高田という地名があったとか、地方豪族であった高田首新家(たかたのおびと・にいのみ) に由来するという説がある。ただ、高田首がこの辺りに住んだという記録はない。
押越と高田の境界は江戸時代から変わっていない。
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現在の押越3-13あたりに喰違堤(くいちがいてい)と言われる牧田川の堤防があった。高畑村の方から正面に牧田川の流れが当たるように設計されていて、そこから東の方に大きく湾曲していた。今の景陽寺の辺りでも水の当たる勢いが強いため、堤防が切れることもあった。一方、喰
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大野は、明治元年(1868)には美濃の国多芸郡大野村といった。家の数は70軒、人の数は354名で、内訳は男177人、 女177人であった。馬は12頭、牛もいたが数は把握できていない。生活については、船大工、百姓が主力であった。
明治5年(1872)、大野村の
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飯ノ木には商家が多かった。岩道には教員や大工が多かった。
2006年に南岩道出身のスノーボード選手、中島志保選手がトリノ五輪スノーボード日本代表として9位となった。公民館をベースに取材等に対応していた。
町民運動会では、唯一の部落対抗競技として綱引きを行う
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大巻は養老町よりも、海津市南濃町や安八郡側に生活圏があった。
南濃町早瀬の桜堤防は大巻の小学生の遠足場所であったが、今は桜堤防の桜の木は道路拡幅の為に伐採されてしまってほとんど残っていない。
津屋川は昔は、水がとてもきれいで子供達がよく泳いだ。水遊びだけで
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