交通

笠郷は、栗笠・烏江 ・船附の湊は、笠郷地域の文化の繁栄の元となっていた。
昭和10(1935)年前後は、笠郷小学校の2階から牧田川の帆掛船が見えた。梶のぎーぎーという音が学校まで聞こえた。当時は水量が豊富であった。
昭和10年代前半は烏江の鉄橋よりも堤防の
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池辺と今尾の交流は、渡船が主であった江戸後半~昭和の初め頃はあまり盛んではなかった。昭和8、9年頃に揖斐川に今尾橋が開通してから今尾は、池辺の住民にとって、図書館へ行ったり、買い物をしたり、今尾中学校に通うなど、生活の中心になった。
今尾橋から、東側の子は今
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大正3年(1914)3月、養老の駅と養老公園の間を走る乗合自動車の会社ができた。社名は養老自動車株式会社で、社長は山田貞策(やまだていさく)である。養老自動車株式会社は大正12年(1923)に廃業した。

観光旅館清風楼(せいふうろう、岐阜県養老公園1285)は、昭和4年(1992)頃の春に創業した旅館である。
創業者であるA氏のお父様の出身は、愛知県である。最初は岐阜に来て岐阜駅から長良を結ぶ路線のバス会社を経営していた。
清風楼という名前は創業者が茶道
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養老には養老の滝以外に大きな滝が二つある。多藝(たぎ)の滝と秣(まぐさ)の滝である。
多藝の滝は小谷山にある。養老町直江が所有していて、保安林か禁伐採地域の為か木を切っていない。昔のままの木が残っているので紅葉が大変綺麗であるが滝までは道らしき道がない所であ
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