タギゾウくんの養老ノート・・・養老町で見聞きした様々な情報を、テキスト・画像・位置を基に掲載しています。

交通 | タギゾウくんの養老ノート | Page 13
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交通

高田の道

高田を抜ける県道(県道214号線・養老垂井線)は景陽寺から高田西町の信号までほぼ直線だが、道ができた当初はまっすぐ進む道ではなく吉田ふとん店(高田196)の方に曲がっていた。 愛宕神社の裏手に金井清吉氏宅(高田182)があるが、その斜めに入った道から景陽寺の [...]

高田の町並み

大和町、横町、城前町の通りが入り組んでいるのは花柳界であった為、身を隠せるような作りになっている。かつて城前町の辺りに高田城があった。千秋家は、高田城と関わりがあるという人もいる。 高田185-1南の道は細い道だが、口ヶ島から五日市への往環道だった。原泉堂( [...]

沢田(その他)

沢田の下町、上町をマチ、山手の本郷をマチマチと言った。昭和10年代は店が多く、自転車屋、旅館、雑貨屋、塩屋、菓子屋、家畜商などがあった。また、法事や葬式の請負もあったので、高田まで行かなくてもほとんどの用は沢田内で間に合った。旅館には北陸へ行く旅人や行商人が多 [...]

沢田の生業

沢田では赤坂まで荷車を引いて石灰屋へ石灰を買いに行っていた。石灰は酸性化した土壌の中和のため田に撒いたが、背中に背負って作業をしている内に雨が降ってきて石灰が熱を発して熱くなったことを覚えている。 鉤状の道具で稲と稲の間の雑草を引き抜いていく垣内(かぎうち) [...]

白石村の先祖

白石村あたりは田中一族が半数を占めていた。藤塚一族は山から下りてきて養老村に入り、一時期20軒程あった。現大垣市上石津町打上(うちあげ)の多良の里山から山番の為に山越えをして養老に下りてきていたが、往来が大変なので仮宿を作ったのが始まりである。藤塚代蔵(ふじつ [...]