西岩道の講(こう)
西岩道で、西脇文夫氏の家は伊勢講の事務をご祖父の時代の明治期から100年に渡って務めた。 伊勢講の始まりは慶応3年である。 西脇鉄次氏が田を1反半ほど寄付し、取れる米の売上げを伊勢講に充てた。西岩道の氏神は八幡神社である。昔は1月8日に伊勢講に出発して14 [...]
タギゾウくんの養老ノート・・・養老町で見聞きした様々な情報を、テキスト・画像・位置を基に掲載しています。
その他
西岩道で、西脇文夫氏の家は伊勢講の事務をご祖父の時代の明治期から100年に渡って務めた。 伊勢講の始まりは慶応3年である。 西脇鉄次氏が田を1反半ほど寄付し、取れる米の売上げを伊勢講に充てた。西岩道の氏神は八幡神社である。昔は1月8日に伊勢講に出発して14 [...]
世に宝暦の治水と呼ばれた薩摩藩による「濃州、勢州、尾州、川々御手伝御普請」は、宝暦4年(1754)から5年(1755)にかけて一ヶ年余りの歳月をかけて947人という薩摩藩士と総工費約40万両という巨費を投じて完成した。 2010年現在32代目の島津家当主も毎 [...]
大巻は養老町よりも、海津市南濃町や安八郡側に生活圏があった。 南濃町早瀬の桜堤防は大巻の小学生の遠足場所であったが、今は桜堤防の桜の木は道路拡幅の為に伐採されてしまってほとんど残っていない。 津屋川は昔は、水がとてもきれいで子供達がよく泳いだ。水遊びだけで [...]
大巻地区は伊勢神宮と秋葉神社の代参に毎年2人ずつ行く。成人式の日に地区の総会を行うので、その日までに行き、各戸に配る分と村の社用との2種類のお札をもらってくる。お札はおそらく大巻にある大神宮と秋葉神社に奉納すると思う。 大巻地区で京都に代参に行っていた時期が [...]