広幡

大跡では5班に別れ、班ごとで毎年順番に班の当番が伊勢へお参りする。午前中に伊勢へ参拝し、午後から左義長を六社神社境内で行いつつ、代参者をお迎えする。お迎えは社務所で行われるが、昔は宿があった。現在は12月中に神職がお札を持ってくるので、希望者にお札が渡される。
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西岩道で、西脇文夫氏の家は伊勢講の事務をご祖父の時代の明治期から100年に渡って務めた。
伊勢講の始まりは慶応3年である。
西脇鉄次氏が田を1反半ほど寄付し、取れる米の売上げを伊勢講に充てた。西岩道の氏神は八幡神社である。昔は1月8日に伊勢講に出発して14
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兵役から帰った人の中には戦争犯罪人とされ、教壇には立てなかった人もいた。当時の教頭、大久保源吾氏に民主主義に関する本を薦められて読んだ。
民主主義となり、教員に適格検査が課せられた。郡役所で、南濃県事務所から派遣された課長が実施した。大久保源吾氏から軍隊式の
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農業協同組合は、昭和20年に民営化されたが、それまでの農業会時代は国家公務員だった。全国農業協同組合中央会については今も人件費のみ国が支払っている。
信用農業協同組合連合会(信連)は農業会時代からあるが、その頃は米の統制が主で、金融業務はあまり行われていなか
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