養老

直江の元庄屋である杉野家では明治以降に駕籠の使用を許可された。他にも4軒だけ駕籠の使用許可が下りた家がある。
南直江から五日市あたりまでの牧田川跡地は杉野家の土地であり、戦時中には飛行機の滑走路として使用されていた。杉野家の屋号は大柳(おおやなぎ)で、近所の
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土屋輝雄(つちや てるお)氏は養老町高田の画家である。母代りのおばが写真屋を営んでおり、様々な画家が訪れていたのでそれが土屋輝雄氏の糧になったのではないかと思う。
土屋輝雄氏は、体のハンディキャップを乗り越えて、青龍社(せいりゅうしゃ)の川端龍子(かわばた
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兵役から帰った人の中には戦争犯罪人とされ、教壇には立てなかった人もいた。当時の教頭、大久保源吾氏に民主主義に関する本を薦められて読んだ。
民主主義となり、教員に適格検査が課せられた。郡役所で、南濃県事務所から派遣された課長が実施した。大久保源吾氏から軍隊式の
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昭和の始め頃、一番最初に直江の向野に移住して来たのは明徳村出身の細川次郎氏だった。その後、宇田・柏尾・明徳などから人が移住してきて集落が出来た。柏尾や明徳からの移住者はおそらく細川氏が連れてきたのであろうと思う。
向野村は9軒だった。その後、亡くなられたりし
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農業協同組合は、昭和20年に民営化されたが、それまでの農業会時代は国家公務員だった。全国農業協同組合中央会については今も人件費のみ国が支払っている。
信用農業協同組合連合会(信連)は農業会時代からあるが、その頃は米の統制が主で、金融業務はあまり行われていなか
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