上多度

養老町上多度有尾には有尾地蔵がある。未調査のため、詳細は不明である。
京ケ脇より南、赤岩神社の北に七つ屋という地名がある。昔この集落には神社や寺があった。段々畑や棚田もあり、小倉谷の水を引いて農耕を行っていた。昔は水量が多い為、山が崩れて水源が散らばった。貯め池があり、その水を棚田に利用していた。やがて山中での稲作は不都合が多い
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一色で、戦争中は灯火管制で布をかぶせてカンテラを使っていた。村で、戦時にラジオを持っていたのはお金持ちの家くらいだった。玉音放送を聞いて、下多度村(海津市南濃町)の婦人会長さんが「日本は神国なのに負けてしまった」と泣いていたのを記憶している。
大東亜戦争と支
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永正元年(1504)に栗田勘四郎源光実が滋賀県江州から移ってきて、有尾を開拓した。
栗田勘四郎源光実氏は、四男であったため有尾に出されたのではないかと考えている。平成22年(2010)の当主は13代目で、八幡神社の隣に居を構えている。下池開拓に力を注ぎ、下池
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鬼面山谷五郎(きめんざんたにごろう)は養老町鷲巣の出身で、岐阜県で唯一横綱になった人物である。
谷五郎は子供の頃から養老寺で作男として働く父親を手伝っていた。
後に谷五郎は滋賀県彦根の石屋へ奉公に行った。
鷲巣では鬼面山の周知に力を入れていた。鬼面山を顕
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