広幡地区の暮らしと住民
飯ノ木には商家が多かった。岩道には教員や大工が多かった。 2006年に南岩道出身のスノーボード選手、中島志保選手がトリノ五輪スノーボード日本代表として9位となった。公民館をベースに取材等に対応していた。 町民運動会では、唯一の部落対抗競技として綱引きを行う [...]
タギゾウくんの養老ノート・・・養老町で見聞きした様々な情報を、テキスト・画像・位置を基に掲載しています。
多芸西部
飯ノ木には商家が多かった。岩道には教員や大工が多かった。 2006年に南岩道出身のスノーボード選手、中島志保選手がトリノ五輪スノーボード日本代表として9位となった。公民館をベースに取材等に対応していた。 町民運動会では、唯一の部落対抗競技として綱引きを行う [...]
南直江のあたりには欅(けやき)の巨木がたくさん生えていた。多芸橋周辺にはたぶの木が多かった。 たぶの木は成長が早く、どんどん水を吸って大きくなる。年数と木の大きさは無関係である。
段海村には淡海城(だんかいじょう)という城があった。城主は織田信長が西美濃から大垣を攻める大垣城攻略のために派遣した、尾張津島神社の神官の次男、祖父江国舎(そぶえくにのり)である。津島神社の神官は昔から現在に至るまで祖父江という姓を名乗っている。 祖父江国舎 [...]
室町時代(1429-1441)に多芸郡内の16箇村の庄屋や地主が30年に亘って懸仏を寄進した。現在懸仏は多岐神社に保管されている。 郡史p.502、町史p.412によれば、永享8年(1436)に多芸郡渋江郷源之定政(みなもとの さだまさ)氏が寄進したという墨 [...]