多芸東部

玉泉寺には古い地蔵や落武者の墓がある。前住職は揖斐川町の谷汲山華厳寺で管長をしていた。玉泉寺は寛政6年(1465)創建の西徳寺より100年程前に開基されている。関ヶ原合戦の東軍についた徳永寿昌(とくなが よしまさ)・市橋長勝(いちはし ながかつ)・横井時泰(よ
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金屋の区長が金屋の春日神社の氏子総代を務めることになっており、任期は2年である。総代が1名、会計が1名で祭事を執り行っている。現在は村の神社として祭祀をしているが、以前は、金屋の春日神社は西金屋だけで祭祀を行っていた。
金屋の春日神社の由緒については、はっき
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明治の頃まで高田橋は大きな橋ではなく、木造の小さな橋であった。
昭和29年(1954年)に高田中学を卒業した飯田在住の方によれば、高田橋は昭和27年頃(1952年頃)の台風や豪雨で頻繁に流されてしまい、中学に通う3年間で何度も牧田川の河床を歩いた。台風などで
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昭和34年の伊勢湾台風のときには2回牧田川の堤防が決壊しており、南直江から押越まで水没した。1回目の豪雨の方が被害が大きく藤井ハウス(押越1974)も水没した。

直江の元庄屋である杉野家では明治以降に駕籠の使用を許可された。他にも4軒だけ駕籠の使用許可が下りた家がある。
南直江から五日市あたりまでの牧田川跡地は杉野家の土地であり、戦時中には飛行機の滑走路として使用されていた。杉野家の屋号は大柳(おおやなぎ)で、近所の
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