養老町全域

養老町広幡の口ヶ島には馬頭観音がある。未調査のため、詳細は不明である。

西岩道では女の子が一人前になったお祝いに桟俵に赤飯を炊いてのせた。

大跡城は戸倉家のあたりにあったのではないかと考えている。戸倉家は随陽寺門徒であり、大跡の墓地に戸倉家の墓が残されている。寺院、神社への寄進は特になかったと思う。
戸倉氏は庄屋をやっていた時期もあったが、農地解放などで財を失った。

田中道麿(たなか みちまろ)は、享保9年(1724)に養老町飯ノ木に生まれた、江戸時代中葉の国学者である。特に万葉集の研究家として知られる。天明4年(1784)没。
飯ノ木では毎年10月4日の田中道麿の命日に顕彰会で慰霊法要を執行している。区長が顕彰会の役員
[...]

西岩道では寺小屋の話は聞いたことがない。
岩道の常性寺、大跡の西源寺には寺小屋があったが、飯ノ木はよく分からない。
広幡小学校の前身の時習学校は大跡の随陽寺を借りた。広幡小学校の初代校長は戸倉谷三郎である。
明治政府により富国強兵策として教育に力が入れら
[...]