行宮神社(行宮所)
行宮(あんぐう)神社の創立年代は不詳である。 行宮神社は現在の御鍬神社の位置にあった。神社に元正天皇を迎えた時の様子を模した祭りは現在も行っている。昔は松明を焚いて山下りを行ったが、現在は神前で大篝火(おおかがりび)を焚く。 行宮神社は明治42年に養老神社 [...]
タギゾウくんの養老ノート・・・養老町で見聞きした様々な情報を、テキスト・画像・位置を基に掲載しています。
養老町全域
行宮(あんぐう)神社の創立年代は不詳である。 行宮神社は現在の御鍬神社の位置にあった。神社に元正天皇を迎えた時の様子を模した祭りは現在も行っている。昔は松明を焚いて山下りを行ったが、現在は神前で大篝火(おおかがりび)を焚く。 行宮神社は明治42年に養老神社 [...]
上方388-1の上あたりに弘法井戸と言われた井戸があったが埋まってしまった。
「養老町の昔ばなし」という本に、京ヶ脇のタイモン屋敷という話があり、大正時代の作家、田中セイゾウ氏(漢字不明)の話をもとに田中育次氏がまとめた。タイモン屋敷は京ヶ脇周辺を多右衛門屋敷もしくは、太右衛門屋敷と呼んでいたという資料があったが、どのような資料かは失念 [...]
長井生(ながいいきる)氏の先祖は、不破郡関ケ原町、今須の領主で、正平15年(1360)に青坂山妙応寺を創建した長江重金公の末裔である。応仁の乱の頃(1467年)に沢田に移り住み、その後庄屋として栄えた。 沢田は元禄3年(1690)に本郷組と町組に分かれ、本郷 [...]