養老町全域

豊村は30戸ほどあったが次第に減っていった。
豊の村の西の方に墓地があったが、土地改良時に村の東へ移転した。

明治17年(1884)に宇田、中、豊、安久、橋爪の5ヶ村が合併して日吉村となった。

日吉で一番古い明治21年の字絵図3部は日吉公民館にある。

番水制度という、田んぼに水を平等に引く為の管理制度があり、不正が行われないか寝ずの番を行っていた。見張り番の頻度は不明である。
番水制および日吉地区用水の資料については日吉の区長の引き継ぎ資料として保存している。
番水の見張りを行っている当番のところに、水
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仁位は山田用水と井戸で潤っていた。番水制もあり、上流の橋爪へ酒を持って行って水利の交渉をした。
仁位のあたりは南北方向には土地の高低差が無く、水路は南に突っ切っているため水が流れない。
大垣市上石津町の広瀬ダム取水口から豊の日吉小学校東までを山田用水として
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