タギゾウくんの養老ノート・・・養老町で見聞きした様々な情報を、テキスト・画像・位置を基に掲載しています。

日吉 | タギゾウくんの養老ノート
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日吉

織田河内守長孝の大塚村屋敷跡と浄蓮寺の野村モミジ

浄蓮寺、山門前野村楓

織田河内守長孝(おだかわちのかみながたか)領屋敷は、現在の安久(やすひさ)地内、名神高速道路南の正覚寺、須賀神社付近にあったと推定されるが、同寺社ともに江戸期の創建であり、屋敷が所在していたであろう時期と重複している。安久村は江戸初期、正保(1596)頃郷帳に [...]

大海人皇子

養老の山裾の道

大海人皇子(おおあまのみこ、天武天皇)は壬申の乱の時に吉野を出立して伊賀、伊勢国を経由して美濃に逃れたといわれている。その際に通ったのは養老側か、上石津側かは分かっていない。 桑名で少し休憩されるのだが、船で運べるような物資の量ではないことを考えると陸路であ [...]

養老の陸軍大演習

演習に使われた象鼻山の山裾の道

昭和5年(1930)頃、陸軍大演習が養老で行われた。本来兵隊は押越の宿営地(現押越八幡神社の社務所)に宿泊するが、一部の兵隊が橋爪に宿泊した。中隊長が「ここは管轄外であるから、皆礼節をわきまえて泊まるように」と兵隊に訓示していた。翌朝、象鼻山の山裾の道を、演習 [...]

お座敷の外での芸妓遊び

芸妓、酒宴1

昭和30年代から昭和40年代(1955~1974)は養老町の花柳界が大変賑わっていた。 昭和42、3年(1967、68)頃に養老町の花柳界に入られたA氏によると、養老にはお客様をご案内できる所が少ないなりに花見の季節には桜を見に行ったり、秋には紅葉狩りに行っ [...]

昭和の御大典

橋爪から乙坂へ向かう道

昭和3年(1928)の御大典の時は、10日間程行事や余興が続いた。橋爪の村人は神輿を作ったり、乙坂に向かう御輿に子供達は付いて行った。