田ではお初夜講(おしょやこう)を行っている。いつから始まったのかは不明である。昔、水害の時に流れ着いた高さ25cmほどの阿弥陀仏像があり、もったいないので部落でお守りするようになったという話と、田村で祀られていた阿弥陀さまを廃仏毀釈から守るため、集落全体で順番に回すようになったという話がある。阿弥陀仏像は60cmほどの厨子に保管されている。現在では集落を12の班に分けて、その仏像を1カ月ごとに預かり、次月は次の班へ送る。送るのは仏像だけでなく、仏具、月別守当番帳、月別守記帳、真如上人の御文、虫供養法要帳、仏事記帳などがある。年1回、11月に集会所に仏像を祀り、明楽寺から住職を招いて法要を営んでいる。
4、5年前まではお初夜講を2日間かけて行っていて、内1日は別の寺から住職を招き説教をしてもらったり、御供物を作っていた。
明楽寺では永代経のほか12月の報恩講がある。また、虫供養の時にお経を上げてもらっている。
田では昭和49年ごろまで養蚕をやっていたので、その当時は蚕を供養するという意識が強かった。世話役が3人いるが、現在では中止しようという声も出ている。
明楽寺に歴史的な資料は全く残っていない。
田の住民の7割が明楽寺の門徒で、残りの3割が他所門徒である。
明楽寺の報恩講は12月の第3週の土日に行われている。以前は4日間行われていた。
報恩講は年行司が中心になって行い、明楽寺の親戚筋も担当している。門徒が準備から会計まで執り行う。報恩講では通常お昼にお斎となるが、明楽寺では朝のお斎もある。
明楽寺のお葬式の特徴として、法要のお布施は手伝いの人が相談して、どの家もほぼ均等になるように決めている。お寺としては物価に合わせてお布施の値段が上がっていかないという悩みがあるが、値段が吊上がっていってしまうのを防いだり、相場が分からないという人に対応するためである。

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"明楽寺の門徒は、有尾、横屋、田の住民が多い。 表示位置は明楽寺を示している。