宇田地区の床屋前にある道標は伊勢講の道しるべではなかったかと思う。
安久小字研屋の日吉村役場跡そばに道標があった。
仁位に谷汲道の道標があった。
象鼻山と立花金属工業養老工場の間に、地蔵とともに道標があった。現在は、垂井町立合原小学校体育館脇に置かれている。
象鼻山古墳群登り口から西、名神高速道路高架下あたりにも道標があった。現在は不明である。
日吉村の人が牛に薪を積んで多良街道を行き来していた。
象鼻山登り口から西奥に、泉跡がある。地元民は「命の泉」と呼称している。干ばつがあってもこの泉は枯れず、近隣住民は水を汲みに来ていた。そばに多良街道が通っているので、旅人はここで喉を潤したのではないかと想像できる。
橋爪村内の道幅は江戸時代から変わらず6尺(1.8m)である。

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表示位置は宇田地区の床屋前にある道標を示している。