広幡地区の燈明は、2012年現在、口ヶ島の字寺田地内、口ヶ島の元庄屋・田中耕馬氏の新屋前にある。明治初期に今の位置に燈明が移転されたそうである。田中耕馬氏が移転させたという話があるが、実際は耕馬氏のご祖母が行ったそうである。
燈明は、現在地域の人からは「大神宮さん」という愛称で呼ばれているが、昭和10年代は、「燈明さん」と呼ばれていた。その当時の明かりは、ロウソクを使用していた。当番制で順番にロウソクを灯しに行かなければならなかった。明かりを灯す部分の四方がガラス張りになっており、一辺を取り外してマッチで火を点けた。子どもであったA氏にとって、風がある時に燈明に登ってマッチで火を点けるのはとても怖かった覚えがある。
燈明のそばには移転当時に植えられたという杉の木が四本あり、かなりの大木に育っていた。後にそれらの木は切られてしまい、今は梅の木が植えられている。明治初期に燈明を移転したのであれば、A氏が子どもの頃にはまだ杉の木は大木にはなっていないはずなので、移転したと伝えられている年代とは合わないとA氏は考えている。

Posted in 信仰, 広幡, 生き物 | Tagged , | Leave a comment
口ヶ島の燈明は、養老町で一番大きい。 明治・大正・昭和初期までは伊勢神宮信仰により、各集落にある燈明には毎夜点灯して、神宮に向かって遥拝(ようはい)する慣習があった。昭和中頃から、ロウソクから電燈に代わった。表示位置は広幡地区の燈明さんを示している。