石畑村(いしばたむら)の庄屋の家系である稲葉家は養老町石畑の浄誓寺(じょうせいじ)の門徒で、浄誓寺の北に大きな屋敷を構えていた。
明治以降、稲葉家一族は勢至へ移り住み、その後高田へ移り住んだ。稲葉家が石畑から勢至へ移ったのは、勢至谷の水を利用して、製粉業を行う為ではないだろうかと思う。
大垣藩主の戸田氏が稲葉家を訪れていたという記録があり、浄誓寺にも立ち寄られた可能性がある。
2012年現在浄誓寺のご住職のご祖母の話では、稲葉家は大きな屋敷で、戸田氏が馬に乗ったままくぐれる程の大きな門があり、その門を閉める音が、石畑全体に響く程立派であった。
浄誓寺の中庭にある紫雲石の庭石は、稲葉家が石畑から勢至へ移住する際に貰い受けたもので、稲葉家の庭はとても立派だった。
現在も昔と同じ場所に稲葉邸はあり、その前の明徳へ抜ける道の広さも昔と変わっていない。
稲葉家の分家が山幡家で、山幡家の文書が養老町の指定文化財として残っている。

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表示位置は稲葉邸を示している。