地名
色目川の排水機ができる前は水に浸かりやすく、島下二番(字名)でも3俵半しか米が採れず、島下三番(字名)ではほとんど収穫できなかった。飯田の東側は水が溜まりやすく、自然排水しかできないため、水につかったら相川に自然排水で流れ出るのを待つしかなかった。

段海村には淡海城(だんかいじょう)という城があった。城主は織田信長が西美濃から大垣を攻める大垣城攻略のために派遣した、尾張津島神社の神官の次男、祖父江国舎(そぶえくにのり)である。津島神社の神官は昔から現在に至るまで祖父江という姓を名乗っている。
祖父江国舎
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室町時代(1429-1441)に多芸郡内の16箇村の庄屋や地主が30年に亘って懸仏を寄進した。現在懸仏は多岐神社に保管されている。
郡史p.502、町史p.412によれば、永享8年(1436)に多芸郡渋江郷源之定政(みなもとの さだまさ)氏が寄進したという墨
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祖父江に条里制の名残を思わせる一之坪という字名と、水田の用水を引く所という意味を持つ掛圦(かけひ)という字名や、井領(いりょう)という字名がある。井領という字名は室原、不破郡表佐(おさ)にもある。垂井町の南宮大社の荘園が井領と呼ばれており、祖父江の辺り一帯まで
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祖父江にも字向野という飛び地がある。祖父江・直江・江月の中で、正式に字名となっているのは祖父江の向野のみである。養老町史によれば、祖父江字向野は、元和8年(1622)に、祖父江の飛び地となった。
祖父江の向野には農兵隊がいた。農兵隊が池の埋め立て工事を行って
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