祭礼

飯田では伊勢代参を行っていた。高田の駅まで代参者を見送りに行ったが、平成に入った頃からは見送りは簡略化した。粥占は2010年現在も行っている。早朝からお粥を炊き始め、昼間に左義長を行い、大きめの鉢に粥を入れてもらいに神社に行っていた。以前は1月15日に行ってい
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飯田には一時、寺院が11箇寺あったが、なぜ多くの寺院が建てられたかは不明である。相順寺は庄屋の菩提寺のような存在であった。
かつて飯田に在住、現在は大垣市船町で八百屋を営む高木氏から梵鐘を寄進されているということを聞いたが、この高木氏は門徒ではない。高木氏の
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楽邦寺の現住職(平成22年)は昭和52年(1977)に兵庫県から祖父江に移住した。祖父江の公民館が出来る前までは年中行事の寄り合いの場として楽邦寺本堂が使われていた。子供会の行事や人形劇(腹話術)には世代間のつながりを意識して、積極的に関わるようにしている。誕
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北蛇持の了覚寺は長録元年(1457年)に建立された。初代の住職は専光坊という名で、蓮如上人のお供をして歩いていた。開基から浄土真宗のお寺として開かれ、山号は天保年間(1830‐1843)になってから付けられた。慶応年間(1865~1868)に本堂を再建した。
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川魚専門店の魚新は大正7年、江月で先々代が、近所の人が持ってくる魚をさばいて食べさせたのが始まりである。三神の人から魚を仕入れて、大垣・養老へ自転車で売りに行った。
魚新の佐竹家が所有する田が一町五反くらいあった。人が田へ行くためと牛用に、二艘の船があった。
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