災害

景陽寺(養老町高田215-2)は、親鸞を開祖とする浄土真宗の真宗大谷派の寺院である。昭和29年(1954)に発行された「たか田」に掲載されている景陽寺の沿革によると、開基は天文8年(1539)、釈了知(しゃく りょうち)による。釈了知は三河の国堤(つつみ)村の
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蛇持は標高が低く、水害を受けやすかったが、色目の排水機ができてからはそれもなくなった。蛇持の西側に南北に除(よげ)が通っており、大水が出ても色目川へ排水される。

明治中頃は小畑に小学校はなく、大坪の子どもは日吉小学校に通っていた。昭和18年(1943)に入学した時の小畑国民小学校は1クラス47名で、1学年1クラスしかなかった。その次の年の入学生は23名だった。校舎は建てかえられているものの、場所は変わっていない。
小
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大坪団地は、以前深い池沼だった。
牧田川が決壊すると小畑川、色目川を乗り越して大坪側に水が流れ込む。大正6年(1917)の水入り(牧田川の決壊)で、付近の家屋の2階まで浸水した。大坪の大橋治六(おおはし じろく)氏宅前の色目川堤防の色目橋上で牛の腹の高さまで
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江月樋門の周辺に杭瀬川からの水圧がかかると今でも逆水の不安があり、樋門の所に排水機をつけておかないと安全性が保てないのでは、と懸念している。樋門を下ろして長雨が降ると排水ができず農業学校(現大垣養老高校、養老町祖父江字向野地内)にまで浸水してしまう。昭和60年
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