災害

瀬田輪中水防組合の事務所が、八幡神社(烏江)の真東の堤防沿いにあった。瀬田輪中水防組合の看板が現存している。
烏江輪中堤防の高さは、烏江西の新除川橋(しんよげがわばし)の北側に昔定杭があり、そこを基準とした。
高田落江からは牧田川へ水を落としていた。
金
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牧田川改修による移転前の石津山善正寺の御堂は、海津市石津の七間堂の御堂を購入したものである。そのあたりでは一番大きな御堂だった。昭和12年第1回牧田川河川改修の後は、烏江分校のあたり、字江東に建っていた。
昭和18年8月か9月に善正寺が火災にあった。善正寺の
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島田の瀬古割は、北井口、井口、井口中組と別れていた。
島田八幡神社が位置する所の小字は才勝(さいかち)である。
島田村本郷はかつて養老の中心地だった。島田住民は本郷から移転してきて、百姓が現在の島田地内に残り、庄屋は高田の町のほうへ移住した。
川島姓は島
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島田の用水は五日市川や湧水によりまかなわれていた。
新川は1番圦(ゆり・突堤のこと)から4番圦、そして横除(よこよげ)まで水を流しており、1番圦のみ現存している。江戸時代に新川の定杭があった。
昭和以降操業している高田排水機場がなかった頃は、字丑墳(うしづ
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昭和34年8月13日の集中豪雨で堤防が決壊し、ミズノ養老工場の下にあった家は土砂に埋まった。現在、決壊部分は拡張されてミズノ養老工場の駐車場になっている。
昔は島田住民全員が水防団員を努めたが、2011年現在は15人程である。消防員終了後5~6年のうちに水防
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