伝説

宇田地区の床屋前にある道標は伊勢講の道しるべではなかったかと思う。
安久小字研屋の日吉村役場跡そばに道標があった。
仁位に谷汲道の道標があった。
象鼻山と立花金属工業養老工場の間に、地蔵とともに道標があった。現在は、垂井町立合原小学校体育館脇に置かれてい
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薩摩義士による三川分流の時、橋爪には船着き場あり、そこから石や一軒の長さに切った木材(これを「つだ」と言う)を船で運んだ。その安全祈願のために祀ったのが橋爪の金刀比羅神社の始まりであるという説もある。
金刀比羅神社祭は、ここ1960年代から50年来様式が変わ
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大永五年(1525)8月2日の牧田合戦で、大墳城主丸毛兵庫頭と稲葉備中守通則の一族は、このあたりで江州小谷城主浅井亮政と激戦を交えた。この戦で丸毛家は大手柄を立てたが、稲葉備中守通則はその子五人と共に討死した。そのため、出家していた末子が還俗して稲葉家を継いだ
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室原地区字住吉に首塚といわれる所があった。行き倒れた侍が埋葬されていたが、土地改良の時に供養して移動された。

蓮如上人が、平民賎民の区別なく助かる、と説いて歩いた教化の折りに、室原付近も来ており、養老町内にいくつか上人直筆の書がある。