高田

高田を抜ける県道(県道214号線・養老垂井線)は景陽寺から高田西町の信号までほぼ直線だが、道ができた当初はまっすぐ進む道ではなく吉田ふとん店(高田196)の方に曲がっていた。
愛宕神社の裏手に金井清吉氏宅(高田182)があるが、その斜めに入った道から景陽寺の
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大和町、横町、城前町の通りが入り組んでいるのは花柳界であった為、身を隠せるような作りになっている。かつて城前町の辺りに高田城があった。千秋家は、高田城と関わりがあるという人もいる。
高田185-1南の道は細い道だが、口ヶ島から五日市への往環道だった。原泉堂(
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高田の地名の由来ははっきりとしない。奈良時代には高田という地名があったとか、地方豪族であった高田首新家(たかたのおびと・にいのみ) に由来するという説がある。ただ、高田首がこの辺りに住んだという記録はない。
押越と高田の境界は江戸時代から変わっていない。
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養老町産業文化会館の県道側(県道214号線・養老垂井線)の交差点の中央付近に以前、燈明が建っていた。現在燈明は県道建設に伴い高田西町の交差点のところに移設された。また、同場所には喰違堤の石碑も建てられている。
西町では8月の最終週の日曜日に燈明台祭りを行う。
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現在の押越3-13あたりに喰違堤(くいちがいてい)と言われる牧田川の堤防があった。高畑村の方から正面に牧田川の流れが当たるように設計されていて、そこから東の方に大きく湾曲していた。今の景陽寺の辺りでも水の当たる勢いが強いため、堤防が切れることもあった。一方、喰
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