日吉

現在の宇田の北、御霊神社を中心とした安久の辺りは、昔は金屋の金入(かないり)という地名だった。そこに鋳物の生産地があったが、関ヶ原の合戦の時には既に金屋の鋳物師たちは、この地にはいなかった。なお、名神高速工事の際に鉄滓が出たのはこの安久の付近である。
谷汲山
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南直江のあたりには欅(けやき)の巨木がたくさん生えていた。多芸橋周辺にはたぶの木が多かった。
たぶの木は成長が早く、どんどん水を吸って大きくなる。年数と木の大きさは無関係である。

御井神社跡碑文の北、名神高速道路の高架下を通るトンネルのあたりに、馬に乗って池に入って行った人が出てこられなくなったという伝承が残るほど深い池があった。この池は昭和37年の土地改良と名神高速工事のために埋められたが、約500㎡の広さがあった。
金屋と安久や直
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蛇持は標高が低く、水害を受けやすかったが、色目の排水機ができてからはそれもなくなった。蛇持の西側に南北に除(よげ)が通っており、大水が出ても色目川へ排水される。

飯田でも番水制度があった。
土地改良を行ったが河間がいくつか残っていて、きれいな水が出てくる。昭和30年頃、バチカルという機械を借りて水をくんでいた。
宇田地区の樋門を手入れしているのは飯田地区の人である。宇田地区の水を飯田に引く為にお酒3~5升でお願いし
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