タギゾウくんの養老ノート・・・養老町で見聞きした様々な情報を、テキスト・画像・位置を基に掲載しています。

高田 | タギゾウくんの養老ノート
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高田

常盤町の車山

常盤町の車山蔵

常盤町の車山は横町車山とも呼ばれ神事の進行にあまり関係なく巡行しており、明治、大正頃は横町車山が通りに出てくると、他の車山がふざけて横町車山を挟んで身動きが取れなくしてしまい、横町車山組の者が車山を置いて帰ってしまうこともあったと聞いた。昭和の間では、横町車山 [...]

中野屋(中長商店)の資料と高田町の様子

「伊勢参宮控」

大正年間の高橋山羊牧場の領収書がある。ヤギ牧場の住所は養老郡高田町中村久次郎邸内となっており、1日1合、ひと月に3升のヤギ乳の販売価格は1円35銭であった。 明治37年の伊勢参宮控や、明治2年の金毘羅大権現燈明油銭寄帳の裏には延寿講と記されており、中長が [...]

昭和53年の葬儀の様子

高田町野辺の送り7

昭和53年(1978)3月の葬儀の際の写真がある。裸足に藁ぞうりを履いた姿で野辺の送りをされていた。履いていった藁ぞうりは三昧で処分し、帰りは自分の履物を履いて帰ってくる。平成7年(1995)に町営の斎場である清華苑ができるまではこのような野辺の送りをされてい [...]

中野屋(中長商店)の建物

田中家違い鷹の羽鬼瓦2

江戸時代中頃になり、高田の町並みが発達してくると家屋が建て込み、表通りに面して間口を割り当てられ縦長の敷地いっぱいに建物を建てるようになった。中長商店も通り庭の間取りで土間が奥に通じている。表通りから、店、中の間、座敷と並んでいる。二階は大広間があって上段の間 [...]

高田の豪商 中野屋(中長商店)の沿革

中長商店ののれん

天明年間(1781~1789)に屋号「中野屋」通称「中長」を創業したと思われ、それ以前から一家は高田に居住していたと思う。中長の名称の由緒は分からないが、屋号「中野屋」の中、若しくは一家の名字である田中の中と長次の長を取って「中長」としたと思われる。中長の当主 [...]