県の指導主事が、主だった学校を回って学校評価をする、県視学という役職があった。
今の指導部は、教育指導のみで管理部門からは外れているが、当時の県視学は指導と管理両方の権限を持っており、大きな権力を持っていた。
県視学の評価によって、その学校の評価が左右された。

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明治6年に郡視学が置かれ、その後県視学に変わり、また学区取締の役職ができた。「養老郡史」(694頁)参照。表示位置は高田中学校を示している。