高田

荘福寺では1日と15日は常半(じょうはん)を勤める。報恩講は年行司によって世話をされ、昔は3日続いたが現在は1日になった。

高田町内各地区に小社が祀られており、人々の信心深さを表していると考えている。たとえば町中のわずかな空間にも小社が祀られていることがそのことを表していると考えている。信心深い人たちによって自然発生的に祀られたものであろうか。

大塚城主丸毛家の墓は、総元の墓が飯ノ木霊園、代々の子孫の墓が高田の荘福寺の中にある。

高田の元町の神社には社が二つあり、向かって右側の大きいお社が伊勢神宮を、左側のお社には秋葉神社をお祀りしている。これらのお社は元町の30軒余りで管理している。神社がいつごろから祀られているかははっきりとしない。
20年に一度遷宮を行っており、昭和54年が遷宮
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田代神社は、 慶長 6年(1601)12月26日に、本町字古宮から現在地の田代町257-2に水害を避けて遷座した。それに続いて住民も全体的に水の付かない所に移動してきたと田代神社誌にある。一説によれば住民の移動には、当時の地主階級の働きが大きかったともいわれる
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