経済

養老山の滝谷は島田が所有していたが、度重なる水害により山を維持することができなくなり白石に売却した。滝谷は年貢が高く、島田では維持が困難になったためである。
養老山の滝谷から南側の土地を、北から押越、島田、直江の並びでそれぞれ支配していた。現在養老山の一部を
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養老町養老の柏尾には水車小屋があった。未調査のため、詳細は不明である。

沢田の金草川に湊を作り、水運で関ケ原・今須を抜け、琵琶湖まで通そうとする江濃運河(こうのううんが)計画が立てられた。20日間ほど進行したがうまくいかず、計画は頓挫した。沢田文書に江濃運河計画の史料が有る。沢田字本郷地内に船泊の跡地がある。
長井生(ながいいきる)氏の先祖は、不破郡関ケ原町、今須の領主で、正平15年(1360)に青坂山妙応寺を創建した長江重金公の末裔である。応仁の乱の頃(1467年)に沢田に移り住み、その後庄屋として栄えた。
沢田は元禄3年(1690)に本郷組と町組に分かれ、本郷
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養老町大巻高柳出身の山田貞策(やまだていさく)は大巻村村長・養老郡郡会議員・岐阜県議会議員などを歴任された。貞策はまた、様々な事業に取り組んでおり、主だったものだけでも福島県の八沢浦干拓事業(やざわうらかんたくじぎょう)、養老町白石の開墾、大巻の水害予防と排水
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