タギゾウくんの養老ノート・・・養老町で見聞きした様々な情報を、テキスト・画像・位置を基に掲載しています。

日吉 | タギゾウくんの養老ノート | Page 22
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日吉

日比野家の氏神

豊には日比野一族の神様の祠がある。2010年現在、村上明氏の所有地内に社がある為村上明氏が管理している。 村上氏の祖父が京都へ移住した日比野氏から土地と家屋を購入した際、社も一緒に譲り受けた。京都の日比野家とは、現在は連絡を取っていない。年に一度村上家のみで [...]

豊(その他)

豊の村上一族は、五日市からおそらくは水害により豊に移住してきたという説と、橋爪にいた村上姓が豊村に移ってきたという説がある。日比野一族はもともと豊に住んでいた。 豊の北東の辺りは河間があって1940年代にはホタル取りをした。また。水車小屋があり、その西は牧田 [...]

角田と杉本の比較

現在、角田の三宅家では蓮沢寺を手次ぎ寺とし、了覚寺、正覚寺に参る。角田の高木家は了覚寺を手次ぎ寺とし、蓮沢寺、応順寺に参る。同じ地区で手次ぎ寺が別々になった経緯は不明である。 角田、杉本には三宅代三(みやけ だいぞう)という日吉村長を務めた人がいた。

北野(その他)

町史等に書かれている北野で出土したという遺物は実際は北野よりも南の方で発見されている。北野の集落は移動していない。 北野神社の東側で、職人が来て牛の爪切りをしていた。石仏の昔話が玉泉堂酒造発行「ようろうむかし話」に掲載されている。

大通寺

宇田の大通寺のあたりにもとは直江の田んぼのなかにあった地蔵が置かれていた。また、大通寺の敷地内に宇田城跡があり、1950年頃は広さ8畳間程、高さ1m前後の土盛りが残っていた。