養老町の歴史文化資源の発見・普及を目指して設立した当ホームページは、「私たちが暮らす養老町への関心を喚起すること」を目的に運営しています。

養老町の歴史文化資源

文字サイズ

News 最新ニュース

養老説教場からの観瀑道路。

2012.09.20

sekkyoujomontomiti.JPG

 

明治13年(1880)10月17日、盛大な開園を迎えた養老公園ですが、そのための測量から開園式までにかかった時間は、わずかに11ヶ月程度という短いものでした。

 

具体的には、養老公園開設のための測量を始めたのが明治13年1月で、計画書が完成し工事着工したのが同3月、工事完了が同9月、そして同10月には開園式というスケジュールだったそうです。

 

すごいスピードですよね。

 

そして、そんな短期間で公園開設を達成した開発発起人たちに、いくつか施策の語り草として残っているエピソードのうちの一つが、養老説教場から養老の滝を見に行くための道路の新設工事を、工費なしで実現してしまったという話です。

 

ちなみに、養老説教場というのは、明治初年(1868)養老公園内に、教義の宣布と、養老の景勝を探る遊覧人を招く一助として建てられた浄土真宗の説教場のことで、明治13年(1880)には、養老公園の開設に合わせ、公園内の名勝とするためにその規模が拡大されました。

 

そして、こうして立派になった説教場に、東本願寺厳如法主をお招きし養老の滝をご案内するためには道路が必要ということで、説教場から養老の滝までの道路整備を、岐阜だけでなく愛知からも信徒を動員し、その奉仕作業によって完成してしまったそうです。

 

少し、もやもやしますが、すごい手腕ですよね・・

 

そして、それ以降、たくさんのお客さんがこの道路を通って、養老の滝を訪れるようになりました。

 

みなさんも、養老の滝を見に行く予定がありましたら、ぜひ養老説教場経由のルートも検討してみてください。

こちらも、なかなかいい雰囲気ですよ。

先端のとがった石。

2012.09.19

tagattaishi1.jpg

 

先日、養老山地の東海自然歩道で、先端のとがった不思議な石を見つけました。

全長は23cmほどで、石材はたぶん石灰岩だと思います。

 

歩いていたときに、たまたま目に留まり、そこが遺跡だったため、一応採集したのですが・・

 

戻って、改めて先端を観察したところ、やはり人の手が加わっているような気がします。

 

たぶん、遺物だと思うのですが・・

いかがでしょうか。

 

ただ、何かの間違いかもしれないので、もう少し、情報収集を続けていきたいと思います。

 

togattaishi2.jpg

第13回「家族の絆愛の詩」の募集が終了しました。

2012.09.18

ojigi-tagizou_w200.jpg

 

先週の金曜日をもって、「家族の絆愛の詩」の募集が終了しました。

一般の部と小中学生の部をあわせて、2,443篇もの応募をいただきました。

ありがとうございます。

 

今後のスケジュールとしては、10月中旬までに審査を終え、11月1日には、その結果を養老町のホームページ等で発表する予定です。

応募いただいた方は、ぜひ、楽しみに、もうしばらくお待ちください。

高田中学校体育大会の園児達。

2012.09.14

takadatyuuennji_120913.JPG

 

昨日、養老町立高田中学校で体育大会が行われ、485名の中学生が、5つの団に分かれて優勝を競い合いました。

強い陽射しにも負けず、みんな頑張っていましたね。

 

そんな高田中学校の体育大会ですが、17もの種目の中に1つ、校区の幼稚園児が登場して場がなごむ種目があります。

 

具体的には、園児達が中学3年生と手をつないで入場し、一緒に音楽に合わせてダンスを踊るという、とても微笑ましいものです。

 

ただ、中学校の体育大会に園児が参加していることを、めずらしく思ったので、その経緯をお聞きしたところ、「平成8年に中学2年生と校区の園児達の交流会が行われ、これに参加した生徒達に普段の学校生活では中々見られない年長者としての自覚と責任のある行動が芽生え、園児達の方はやさしいお兄さんやお姉さんにたくさん遊んでもらい大満足だった」という出来事がきっかけになったことを教えていただきました。

それ以来、毎年体育大会には校区の園児達が参加するようになり、今年でもう16回目を迎えるそうです。

 

確かに、世代を超えた交流には、普段の生活では中々得られないものがあるでしょうね。

 

実際この日も、年下の園児達を前にした生徒達の中には、お兄ちゃんやお姉ちゃんとしての表情を見せてくれる子がたくさんいました。

それに、園児達もとっても楽しそうでした。

 

しかし、こうした様子を見ていると、私の中学校にもこうした種目があったら良かったなあと思いました。そしたら、この末っ子らしい性格に、もう少しお姉さんらしい要素が備わったのかもしれません。

「養老白石」PDFデータの公開。

2012.09.13

ojigi-tagizou_w200.jpg

 

先日、平成24年6月に刊行された『養老白石』のPDFデータを、著者から寄贈していただくことができました。

ありがとうございます。

 

この冊子には、養老町の白石区に生まれ育った著者が、地元の多くの要職を務めながら、地道に調査を続けてこられた成果がまとめられていて、地域に深く関わるとともに、郷土を誇りに思い、深い愛着をもたないと成しえない内容が掲載されています。

 

電子書庫のその他のコーナーに公開してありますので、ぜひご覧ください。

養老町の鉄道馬車計画。

2012.09.12

tetudoubashayosansho_w400.jpg

 

先日、文化財の調査に伺ったお宅で、鉄道馬車並電信敷設予算書という印刷物を見せていただくことができました。

 

ちなみに、鉄道馬車というのは、レールの上を走る馬車を使った輸送機関のことで、この予算書からは、明治25年(1892)に、既に大垣市と養老町高田を、鉄道馬車で結ぶ輸送機関の計画が具体化しつつあったことがわかります。

 

ただ、実現はしていませんよね。

 

とはいえ、この予算書は、立川勇次郎さんが、養老鉄道布設願書を提出するわずか3年前のことなので、こうした計画は、きっと養老鉄道を実現する基盤となったと思います。

 

しかし、こうした事実から、改めて感じるのが、立川勇次郎さんの功績。

 

養老町のことではありませんが、立川さんは、養老町に鉄道馬車が計画される数年前には既に、大量高速輸送機関の開設が近代化に不可欠と考え、電気鉄道敷設免許を出願しています。

つまり、養老町が鉄道馬車を計画しているときに、すでに汽車を飛び越え、電車の必要性とその実現を考えていたということですよね。

すごいことだと思います。

 

ただ、当初の養老鉄道(大正2年7月)は汽車で、これが電車に変わるのは、養老鉄道布設願書から28年を経た大正12年(1923)のことでした。

ひょっとしたら、立川勇次郎さんは、ずいぶんともどかしい思いをしながら、この西濃地域の開発を進めていたのかもしれません・・

 

この「鉄道馬車並電信敷設予算書」の大きい画像は、タギゾウくんの収蔵庫に保管してあります。

もっとよく見たい方は、そちらをご利用下さい。

6つ目の狛犬。

2012.09.11

korokorokomainu6.JPG

 

養老町五日市の八幡神社で、口の中にコロコロと動く玉が入っている狛犬を、新たに見つけました。

以前、八幡神社の前を通りかかったとき、遠目に見つけて、そうではないかと気になっていたのですが、後日確認したところ、やはりそうでした!

 

当ホームページでは、これで6つ目の発見例になります。

 

ちなみに、この狛犬が乗った台には、「大正五年四月」の文字や、奉納した人の名も刻まれていました。

ただ、それ以外の文字は、ちょっと判読できませんでした。

 

こうした、口の中にコロコロ動く玉が入った狛犬たちに、他にも何か共通点はないのか、とっても気になります。

養老郡児童生徒作品展。

2012.09.10

sakuhintenH24.jpg

 

先週末の土・日曜日、養老郡児童生徒科学作品展と社会科課題追究学習作品展が、養老町民会館展示室で開催されました。

 

2日間で、600名を越える方々に見学いただいたようです。

ありがとうございます。

 

子ども達の作品は、どれも力作ばかりで、養老町の未来を担う世代の頼もしさを感じました。

また、その中には「タギゾウくんの自由研究」を活用した作品もけっこうあり、とてもうれしかったです。

 

養老町教育委員会としては、今後、こうした作品を、「タギゾウくんの自由研究」の中で紹介させていただき、新たな自由研究の参考としていただけるような環境をつくりたいと思っています。

ぜひご協力をお願いします。

養老町文化遺産ウォーキングの準備。

2012.09.07

walkingshitami1h24.jpg

 

養老町教育委員会では、NPO法人ニワ里ねっとさんの協力を得て、11月11日(日)の午前中に養老町文化遺産ウォーキングの開催を計画しています。

 

これに伴い、一昨日の水曜日、コースの下調べにいってきました。

 

予定しているコースは、戸関遺跡(椿井郷)→勢至鉄座跡→勢至寺跡→不破内親王由縁の岩窟→喜勢古墳群→柏尾廃寺跡の約7kmのルート。

ちょっとアップダウンがありますが、休憩を取りながら、養老町石畑・勢至・柏尾の文化遺産をご案内したいと考えています。

 

詳細な内容や、申し込みの受付は、来月になりますが、当日立ち寄る文化遺産のほとんどが、案内なしにはたどり着けないものなので、きっと喜んでいただけると思います。

ぜひ、楽しみにおまちください。

フヨウの花。

2012.09.06

huyou120905.JPG

 

養老町では、暑い日が続くこの時期に、よくフヨウ(芙蓉)の花を見かけます。

白もあるそうですが、養老町にはピンクが多いですよね。

 

このフヨウの花、朝開いて夕方にはしぼむ一日花で、ひとつの花は短命なのが特徴です。ただ、次々と新しい花を咲かせ続けるので、見る人には楽しい花ですよね。

 

そんなフヨウの花ですが、この花には同じアオイ科で、ムクゲ(木槿)という区別の難しい花があります。

 

私もこれまで、この両者を雌しべがまっすぐかどうかでしか見分けられなかったのですが・・

今回、これ以外にも新たに、フヨウがこんもりと繁っているのに対し、ムクゲはすらっと直立した樹形なっているという見分け方を覚えました。

 

皆さんも、それらしいピンクの花を見かけたら、ぜひムクゲかフヨウか、考えてみてください。

考古学講座開催のお知らせ。

2012.09.05

ojigi-tagizou_w200.jpg

 

養老町教育委員会では、今年も、NPO法人ニワ里ねっとさんにお願いして、10月8日(月・祝)に考古学講座を開催します。

 

内容は、象鼻山古墳群から元正天皇養老行幸までの養老町について。

 

具体的には、講師に赤塚次郎先生(愛知県埋蔵文化財センター副センター長・NPO法人ニワ里ねっと理事長)を迎え、象鼻山1号墳以降、目立った古墳がなくなる養老町が、壬申の乱を経て、どのような状況で養老改元を迎えるのかを、参加者の皆さんと一緒に考えていきたいと思います。

 

詳細は下記の通りで、9月3日(月)から申し込みを受付しています。

定員以外に、参加者に制限は設けませんので、ぜひご参加ください。

 

<考古学講座>

内容:象鼻山古墳群から元正天皇養老行幸までの養老町。

講師:赤塚次郎(愛知県埋蔵文化財センター副センター長・NPO法人ニワ里ねっと理事長) 中島和哉(養老町教育委員会学芸員)

日程:平成24年10月8日(月・祝)10時~12時

場所:山口会館(養老町高田)34-3311

定員:50名(事前申込必要、先着順) 

※電話で養老町教育委員会生涯学習課32-1100にお申し込みください。

※参加無料

田中道麿翁生誕地碑の移設工事が完了しました。

2012.09.04

mitimaroseitantihiisetu120904.jpg

 

先月から進めていた、田中道麿翁生誕地碑の移設工事が、無事に完了しました。

 

土地所有者をはじめ、関係各位のご協力のおかげです。

ありがとうございます。

 

これにより、以前よりもずいぶんと現地を訪れやすくなりました。

タギゾウくんの養老ナビ」の情報も更新してありますので、ぜひ一度、足を運んでみてください。

平成24年度佐竹直太郎翁顕彰祭。

2012.09.03

h24naotaroukennshousai.jpg

 

養老町の牧田川に架かる高田橋の南詰めには、牧田川の治水工事に大きな功績を残した、佐竹直太郎氏の顕彰碑が建てられています。

 

この佐竹直太郎氏の顕彰祭が、9月1日(土)、顕彰碑前で行われました。

当日は、猛暑にもかかわらず、ご遺族をはじめ、地元である島田区の方々など、約30名の出席がありました。

ありがとうございます。

 

佐竹直太郎氏は、高田町議会議員をはじめ、養老郡会議員、岐阜県議会議員、衆議院議員と、町政から国政まで幅広く活躍した人物で、さらには養老遊園株式会社取締役なども務め、地方産業経済の発展にも貢献しました。

 

そんな佐竹直太郎氏ですが、実は生まれは養老町ではなく、郡上市。

養老町には、養子としてきたそうです。

 

養老町としては、幸運な巡り合わせでしたね。

第20回岐阜国体の大会旗リレー。

2012.08.31

s40kokutaitaikaikirire.jpg

 

少し前の話になりますが、養老町役場の書庫で、47年前の第20回岐阜国体の写真を見つけました。

 

最初に見たときは、炬火リレーの写真かと思ったのですが・・

よく見ると、どこにも、たいまつが写っていませんよね。

 

確認してみたところ、前回の岐阜国体で、炬火は養老町を通っておらず、この写真は、大会旗リレーの様子を撮影したものであることが分かりました。

養老町の沢田あたりですかね。

 

ちなみに、この写真の撮影日は昭和40年10月19日で、当日は、朝8時30分に池田町を出発し、神戸町―赤坂町―垂井町―関ケ原町―上石津村―養老町―南濃町―海津町―平田町の48区間を1,008人によってつないだそうです。

最終的に、開会式場である岐阜県総合運動場陸上競技場のメインポールに掲揚されたのは10月24日のことだったみたいですね。

 

そんな前回に対し、今回の岐阜国体の炬火は、明日、養老町を通ります。

下記にそのスケジュールを掲載しておきますので、ご声援をよろしくお願いします。

 

区間/予定時刻/コース

第1区/10:00~10:10/養老町総合体育館~養老町産業文化会館

第2区/10:13~10:23/養老町産業文化会館~養老町役場

第3区/10:38~10:43/福田屋駐車場(宇田)~日吉小学校

第4区/10:58~11:04/小畑自治会館~養北小学校

第5区/11:24~11:32/上之郷青少年集会所~笠郷小学校

第6区/12:45~12:50/広幡小学校~広幡自治会館

第7区/13:10~13:32/上多度小学校~明楽寺

第8区/13:37~13:46/東部中学校~大場Y字路

第9区/13:49~13:55/大場Y字路~JAにしみの農業倉庫(根古地)

10区/14:10~14:22/池辺町民体育館~池辺小学校

飯田八幡神社棟札の赤外線カメラ撮影。

2012.08.30

sekigaisen1_120827.jpg

 

今週、養老町飯田の飯田八幡神社に保管されている棟札のうち、表面が煤けて文字が読めなくなってしまったものの、赤外線カメラ撮影を行いました。

 

ちなみに、棟札(むなふだ)というのは、神社やお寺などの建物が、新築あるいは修繕された際に、その記録や記念の意味を込めて、建物に掲げておく札のことです。

また、赤外線カメラというのは、可視光線をカットし、赤外線だけで画像を作成することで、墨で書かれた文字などを浮かび上がらせることができるカメラのことです。

こちらは、防犯目的のものの方がよく知られていますかね。

 

この赤外線カメラ、撮影する対象物の状況が結果に大きく影響し、いつでも期待通りの成果が得られるというわけでもないようなのですが、今回、飯田八幡神社の棟札では、期待通りの成果を得ることが出来ました。

 

その様子を撮影したものが下の写真になります。

肉眼では、まったく判読できなかった文字が、ばっちり映し出されていますよね。

 

撮影の結果、この棟札には、梵字の他に、「延宝第八年(1680) 大峯採燈護摩息災延命攸 七月吉祥月」と書かれていることが分かりました。

町史にも、飯田八幡神社に元和2年(1616)建立の棟札があると書かれているので、とりあえず矛盾はなさそうです。

 

ただ、これが現在地に遷座する前の棟札であるかどうかや、神社でありながら密教系の棟札であることなどが、少し気になります。

まだ、引き続き、情報収集が必要ですね。

 

sekigaisen2_120827.jpg

池辺地区の花壇コンクール。

2012.08.29

ikebekadanshinsaH24.JPG

 

先週の日曜日、養老町の池辺地区で、花壇コンクールの審査が行われました。

 

池辺地区には、12の子ども会があるのですが、それぞれどの子ども会の花壇も、とても思いが込められていて、甲乙つけがたいすばらしい出来でした。

 

土作りや、デザインはもちろん、それぞれの花の種類に合わせて管理方法まで変えるなど、とてもこだわって作られているんですね。

 

ちなみに、現在、こうした花壇コンクールは、養老町内すべての地区で行われていますが、このきっかけをつくったのが池辺地区です。

 

具体的には、今から47年前の岐阜国体で、県内を花でいっぱいにして選手たちを迎えようという取り組みがあり、池辺地区で特に盛んに行われていた花壇づくりを、FBC(フラワー・ブラボー・コンクール)に応募したことが、その由来みたいです。

 

それから47年、今年また、岐阜で国体が開催されます。

今回も花いっぱいにして、養老町に来る選手たちを迎えられたらいいですね。

肉のひきずり。

2012.08.28

hikidurisatuei.JPG

 

今日は、姿を消しつつある郷土料理の記録作成第3弾として、「ひきずり」と呼ばれる料理を作りました。

 

「ひきずり」というのは、馬肉を使ったすき焼きのことです。

肉を、鉄鍋から、ひきずって取る様子から、この名前が付いたみたいですね。

 

馬肉以外では、青ネギと、こんにゃくくらいしか入っていない比較的シンプルな料理ですが、主に、お正月のごちそうや、お客さんをもてなすために出されたそうです。

ただ、同じ鍋を箸でつつくことから、お客さんといっても、親友や親戚といった気軽な相手のときに限定されていたみたいですね。

 

牛肉に比べ、馬肉はあっさりしているので、たくさんおいしくいただくことができました。

また、炊きたてのごはんにひきずりをのせた「ひきずり丼」もおいしかったです。

 

この料理のレシピは、来年度には電子書籍などのかたちで公開する予定です。

ぜひ、楽しみにお待ちください。

 

家に、親しい友達を迎えるときのおもてなしに、ぴったりの料理になると思います。

歴史ワークショップ「養老石で火を起こそう」を開催しました。

2012.08.27

hiutiishiH24.jpg

 

昨日の日曜日、朝の9時半から養老町歴史ワークショップ「養老石で火を起こそう」を開催しました。

 

天気にも恵まれ、定員一杯の方々にご参加頂くことができました。

ありがとうございます。

 

当日は、名古屋市から学芸員をお招きし、火打石の歴史だけでなく、養老産の火打石がどんなものかについても教えていただくことができました。

実際に、江戸時代の名古屋城下町で見つかった火打石も見せていただくことができ、これが養老山地で採れる火打石にそっくりだったことに、みなさん納得されていましたね。

 

また、火起こし体験では、火花が飛び、火が付いたときの子ども達の歓声が、とても印象に残りました。

ただ、中には、ちょっと火を起こすのが難しそうな子ども達も・・

 

しかし、今回のワークショップは、火打金と火打石を持って帰っていただける特典付き。

ぜひ、お家でも練習してみてください。

きっと、できるようになると思います。

渋谷代衛のお墓。

2012.08.24

daieihakamairiH24.jpg

 

現在、養老町教育委員会では、多額の私財を投じて養老町の様々な公共事業に尽力した渋谷代衛(しぶやだいえい)という人物の生涯をまとめた冊子の作成を進めています。

 

今日は、この冊子の作成に合わせ、養老町大野の方のご案内で、名古屋市の八事霊園に移された、渋谷代衛のお墓の現地確認に行ってきました。

 

このお墓が、養老町大野から移されたのは昭和12年(1937)1月のことで、今では、八事霊園のたくさんのお墓の中で、どれが代衛さんのものなのかを知る人は少なく、今日も、ご案内の方の記憶が唯一の頼みだったのですが・・

 

考えていたよりもずっと早く見つけることができました。

ご協力ありがとうございます。

 

現地で、改めて周りを見渡すと、案内なしには絶対に見つからなかっただろうと思えるような場所でした。

 

ということで、この情報を「タギゾウくんの養老ナビ」に登録しました。

町外では、初めての登録になります。

 

平成15年にお墓は新調され、現在のお墓には、代衛さんのことは記されていませんが、養老町大野から移されたものであることは記されています。

ぜひ、近くに行くことがありましたら、養老町のために私財を投げうった渋谷代衛さんのお墓も訪れてみてください。

光敬寺の御遠忌法要。

2012.08.23

koukyoujihukinagashiH24.JPG

 

現在、養老町飯積の光敬寺には、5色の吹き流しが上がっています。

 

これは、宗祖親鸞聖人750回、蓮如上人500回の「御遠忌(ごえんき)法要」を知らせるためのもので、光敬寺の周辺では、幟も立てられています。

 

ちなみに、吹き流しの5色は、中国の五行説に由来があるみたいですね。

 

この御遠忌法要は、10月27日(土)・28日(日)の開催予定です。

 

参加は自由ですが、28日の稚児行列だけは、すでに定員に達しているそうなので、ご注意ください。

前の20件 23  24  25  26  27  28  29  30  31  32  33

Category
いきもの (133)
まちのうわさ (35)
周知 (491)
歴史 (28)
神様 (25)
祭り (49)
考古学 (46)
風景 (177)
養老ナビ (58)
養老町の人々 (84)
最新記事
養老町文化財企画展示『めざめた日吉遺跡』の開催について
室原文楽が出演します!
タギゾウくんのクイズラリー2024 特別賞の配布終了について
タギゾウくんのクイズラリー2024がはじまります!
火打石ワークショップを開催します!
Archives
2024年10月の記事
2024年8月の記事
2024年7月の記事
2024年1月の記事
2023年9月の記事
2023年7月の記事
2022年11月の記事
2022年10月の記事
2022年8月の記事
2022年7月の記事
2022年6月の記事
2022年5月の記事
2022年4月の記事
2022年2月の記事
2021年11月の記事
2021年8月の記事
2021年7月の記事
2021年6月の記事
2021年5月の記事
2021年3月の記事
2021年1月の記事
2020年12月の記事
2020年9月の記事
2020年8月の記事
2020年7月の記事
2020年5月の記事
2019年12月の記事
2019年10月の記事
2019年9月の記事
2019年8月の記事
2019年7月の記事
2019年6月の記事
2019年4月の記事
2019年3月の記事
2019年2月の記事
2019年1月の記事
2018年10月の記事
2018年9月の記事
2018年8月の記事
2018年7月の記事
2018年6月の記事
2018年5月の記事
2018年4月の記事
2018年1月の記事
2017年12月の記事
2017年11月の記事
2017年10月の記事
2017年9月の記事
2017年8月の記事
2017年7月の記事
2017年5月の記事
2017年4月の記事
2017年2月の記事
2017年1月の記事
2016年12月の記事
2016年11月の記事
2016年10月の記事
2016年9月の記事
2016年8月の記事
2016年7月の記事
2016年6月の記事
2016年5月の記事
2015年10月の記事
2015年9月の記事
2015年8月の記事
2015年7月の記事
2015年6月の記事
2015年5月の記事
2015年4月の記事
2014年12月の記事
2014年10月の記事
2014年9月の記事
2014年8月の記事
2014年7月の記事
2014年6月の記事
2014年5月の記事
2014年4月の記事
2014年3月の記事
2014年2月の記事
2014年1月の記事
2013年12月の記事
2013年11月の記事
2013年10月の記事
2013年9月の記事
2013年8月の記事
2013年7月の記事
2013年6月の記事
2013年5月の記事
2013年4月の記事
2013年3月の記事
2013年2月の記事
2013年1月の記事
2012年12月の記事
2012年11月の記事
2012年10月の記事
2012年9月の記事
2012年8月の記事
2012年7月の記事
2012年6月の記事
2012年5月の記事
2012年4月の記事
2012年3月の記事
2012年2月の記事
2012年1月の記事
2011年12月の記事
2011年11月の記事
2011年10月の記事
2011年9月の記事
2011年8月の記事
2011年7月の記事
2011年6月の記事
2011年5月の記事
2011年4月の記事
2011年3月の記事
2011年2月の記事
2011年1月の記事
2010年12月の記事
2010年11月の記事
2010年10月の記事
2010年9月の記事
2010年8月の記事
2010年7月の記事
2010年6月の記事
2010年5月の記事
2010年4月の記事
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30